うた物語交流掲示板


カテゴリ:[ なんでもフリートーク ]


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[695] 京都・愛宕山御礼

投稿者: 野歩本 投稿日:2018年12月16日(日)21時47分46秒   通報   返信・引用

あこがれさま

早速のご対応、また愛宕山関係の詳細情報ありがとうございます。
『愛宕山周辺に落人の墓所はない』ことを確信いたしました。
重ねて御礼申し上げます。

あこがれさまより14日に頂いたご返信拝見後、母方の親類縁者に家紋と落人について個々に確かめる中、『一族の直系の家に家系図が残っている。門外不出』という話を聞くことができました。いまどき、源氏が攻めてくる訳でもないのに、直系しか見られない???です。
過疎地にあった母の実家は既に無く、きょうだいも他県の施設で重篤状態にある叔母以外はこの世になく、直系一族と我々世代の交流はありません。

叔母が先祖の墓所参りを私に命じたのは、『単に山登りが好きな子』だからと思うのですが、ここまで聞いたら引けなくなりました。直系家族の隣の集落に住んでいて叔母と交流があったと聞く政治家に『家系図の初代の名と年代を確かめてほしい』と頼んでみました。初代の名で手掛かりがつかめるのではとの素人判断ですが。快く引き受けてくれました。結果を待ってみます。次の段階のご教示をお願いいたします。

青木生子先生:〉いずみの読者?(はい、このこともありますが、、、。)
       今は、御冥福を心よりお祈りいたします。

六甲山:連れ合いは、訪ねたところや通過した道を地図上にマークするのが生き甲斐になっており、全国を彷徨中です。今後の予定は百名山のうち残りの4座登頂と島嶼の47市町村巡りだそうです。
京都の寺社は多くあり、拝観を逃したところを見直しています。
六甲山もマークがついていて、あこがれさまの山荘も確認できたとのことです。あこがれさまの体力、精神力にただ感嘆しております。寒さが厳しくなりました。ご自愛を祈ります。

申し訳ありません。御礼が大変遅くなりました。
本日、生業の研修があり早朝出立、夜になって帰着しました。



[694] 不如帰!

投稿者: 芳勝 投稿日:2018年12月16日(日)18時58分52秒   通報   返信・引用

今から34年ほど前になりますが、スナックの有線で流れていた「酒場のすずめ」という曲を聴いて以来、私は新潟県出身の演歌歌手、村上幸子さんのファンになりました!
後年1990年、残念なことに彼女は急性リンパ種の悪化により、我々ファンの祈りも虚しく31才の若さで亡くなりました。その出来事が、今でもショックだったことを憶えています。
今日は村上幸子さんの7回忌の命日に発売された、CD5枚組「村上幸子大全集」を久しぶりに一日中聴いていました。
数ある彼女の歌のその中でも、私の一番好きな曲で1988年にヒットした「不如帰(ほととぎす)」だけは、何度も繰り返し聴きました。この唄をYouTubeでも視聴しますが、彼女の歌うその姿を観ていると28年が経った今でも私は淋しく思えてしまいます。
作詞家の星野哲郎氏は作詞生活40周年CDアルバム「歌いとしきものよ」の中の「不如帰」のページに彼女のことを、
「村上幸子さんは不如帰の浪子のように若くしてこの世を去りました。演歌の苦界に住みながら水連の花のように気品を放つ女(ひと)でした。」とメッセージを贈っています。
今でも私が思うのは、彼女は本当に美しい着物の似合う素敵な演歌歌手でした。







[693] (無題)

投稿者: 能勢の赤ひげ  投稿日:2018年12月16日(日)18時58分47秒   通報   返信・引用

あこがれさま 野歩本さま
  僕などが 云うべきことではないですがーー

  愛宕山周辺 を考えてみました
   以前 北桑田郡(くわだ と読みます) 今は 京都市右京区になりましたが
    京北 という地域があります

  そこに 「井戸峠の道標、平家の落ち武者・隠谷・初川」
    という お話が残っているようです
   これは ネットの使い方のまずい 僕が見つけたので
    あこがれさま 野歩本さま なら とっくにみつけられていると思います

  隠谷 から 愛宕山山頂までは 直線距離 8Kmです
    そこらから 五七の桐家紋まで つながれば ロマンですね

  何度か書かせていただきましたが 能勢にも 安徳天皇陵があります
    能勢は 源氏発祥の地です  その中に 平通(ひらどおり と読みます)という地域があり
     ここを越え  陵 のある 出野まで 歩かれたのでしょうか



[692] 京都 愛宕山 に関して ②

投稿者: あこがれ 投稿日:2018年12月16日(日)14時30分45秒   通報   返信・引用

野歩本 様

「山小屋の管理人の経験のある連れ合い」とは、ご主人のことだったのですね。
そのご主人の影響もありで、野歩本様も登山がお好きになられた・・?と、いうことですか・・・。

私は登ったことはありませんが、愛宕山は標高924mもあり、(六甲山:940m)成人の足でも山頂までは、かるく1時間半は掛かるとのことですが、登山経験豊富(と、推測します)な、野歩本様のことですから、軽い散策程度かも知れませんね。

愛宕山の参道のふもとには、平安時代より厄除けの観音様として、また嵯峨野めぐりの始発点として愛宕念仏寺(おたぎねんぶつでら)があり、近くには化野の念仏寺もあり、平安京の西の風葬の地(東:鳥辺野、北:蓮台野)でもありました。

また、嵯峨鳥居本曼荼羅山は、五山の送り火(鳥居形)でも有名ですが、それらはるか平安や室町時代から纏わるような言い伝えや生活文化の中にも、源平合戦の落人との接点は見当たりません。

京都には、平家物語所縁の地や寺社も数多くありますし、それらはきちんと言い伝えられながら今に続いていますが、一の谷や鵯越のような源平合戦の舞台となったところはないようですし、落人が、天皇の禁野としての嵯峨野や、風葬の地である化野の近くに落ちのびてきたとは、考えにくいとこはありますね。

御伽草子の「小敦盛」では、一の谷で熊谷直実に討たれ17歳の生涯を終えた敦盛には、実は 京都に残した愛人があり、すでに敦盛の子を孕んでおり、男の子が生まれたが、執拗な平家狩りを恐れて一乗下り松に捨てた・・・というドラマもありますが、少なくとも愛宕山に関しては似たような言い伝えはないようです。

越村 南 様も、何年か前に愛宕山に登られた旨、コメントを拝見したこともあります。
博識な方ですから、何か らしい お話が聞けるかもしれませんね。

青木生子先生 ご葬儀は、12月26日 日本女子大学葬 にて執り行われます。



[691] 京都・愛宕山

投稿者: あこがれ 投稿日:2018年12月15日(土)21時36分45秒   通報   返信・引用   編集済

野歩本 様

こんばんは。

私の場合は京都好き人間ですが、まだまだ京都通とはいえません。
単に京都の歴史や伝統文化等について興味が湧き、もっと知りたいと思い立って、京都検定の勉強を始めただけのことで、検定2級程度の知識では まだまだ深いところまでは、わかりません。

お問い合わせ頂いた「愛宕山と源平合戦の落人との接点」・・について、

私なりに色々調べてみましたが、野歩本様と同じように、どうも接点がみつかりません。

ご存知のように、愛宕山上には、古くから防火・鎮火の神様として崇敬される愛宕神社があり、3才までの子供が参拝すると、その子は一代、火難から逃れられると言われ、毎年7月31日夕刻より8月1日にかけて行われる通夜際(千日詣り)が、今もずっと続いています。

愛宕神社の一の鳥居前には、「嵯峨鳥居本重要伝統的建造物群保存地区」があり、また山麓の清滝や高尾や水尾(ゆずの里)あたりでも、源平の落人伝説らしい話は聞いたことがありません。

京都の人たちは、故事来歴に非常に敏感ですから、落人伝説などがあれば、そのままやり過ごすことはないと思います。建礼門院、祇王祇女、横笛、等々・・・。

また、五七の桐家紋については、嵯峨天皇(52代:809年即位)の頃から天皇の衣類の刺繍や染め抜きに用いられるなど、「菊のご紋」に次ぐ格式のある紋とされ、鎌倉末期までに皇室の紋章として定着した(wikipedia)と、ありますから、落人の家紋という説には、少し疑問も湧きます。
ただ、家紋をお金で買い取ったりすることもあったとのことですが、それもずっと後の時代、江戸時代あたりから・・らしくて、真偽のほどは、よく分かりません。

お問い合わせの件については、ご満足のいくようなお答えが寡聞にしてできず、申し訳ないと思いますが、
あるいは、京都に詳しい、りんご様 とか歴史に強い能勢の赤ひげ様が、ご存知かもしれません。

「蘇軾」は、なんと言っても《 春宵一刻 値千金~》ですよね! 最後のところは、顔を赤らめながら吟じたものですが・・・。でも、NHKのカルチャーラジオは、聞いてません。

山荘は、私とパートナー(助手)の二人で、ぎりぎりこなしてますが、6年目が過ぎて又来年4月からやってくれと、頼まれました。やれやれ!ですが、なんとか頑張ります。

青木生子先生の葬儀は、日本女子大学葬となり、大学講座の会から会長と事務局長が参列します。
野歩本様は、いずみの読者だったのですか?(女性の方?)



[690] Re: 漢詩 京都 愛宕山

投稿者: 野歩本 投稿日:2018年12月15日(土)15時05分8秒   通報   返信・引用

あこがれさま

京都通のかたと拝察致します。おそれながら伝説のようなことについてお尋ねします。

《京都の愛宕山と源平合戦の落人とに接点があるでしょうか》

『愛宕山の遠い祖先の墓所にお参りしてほしい』との亡母の妹の使命により、参詣登山を予定しています。
先祖の手がかりは『落武者。五七の桐家紋』姓は『山上の落人集落から里近くに下りて一字を変えてある』
という漠然としたものです。
平成元年に叔母に言われたのですが、『登山は趣味だけどオチビトの話はちょっと』と聞き流してきました。
ここにきて,白寿の叔母の容態が思わしくないとの知らせを受け、存命中の遂行を思い立ちました。パソコンで検索してみたのですが、にわか勉強ではどうしても愛宕山の墓所、家紋、落武者は繋がりません。

近々、とにかく登山します。
ご多用のところ大変恐れ入りますが、愛宕山に関して教えていただければ幸いに存じます。

PS
漢文:好きです。ご存じと思いますが、NHKのカルチャーラジオに『漢詩をよむ』があります。10月から宋   代の詩に入り、先週と今週の午前は大好きな『蘇軾』でした。今日の夜は『黄庭堅』です。
山荘管理:山小屋の管理人の経験のある連れ合いが『1人だとせいぜい20人が限度』と話していました。
     あこがれさまは50人ものお客さまを接待なさったのですね。
青木先生:ご訃報、ときおりご温顔が浮かんで参ります。






[689]  МIDI ~ МP3

投稿者: なち 投稿日:2018年12月15日(土)14時03分4秒   通報   返信・引用   編集済

「midi歌声喫茶」から「うた物語」へ。  現在800曲以上あります。
再来年の2月には何曲になっているでしょうね。
「MIDI歌声喫茶」の時、管理人さんにメールをしたらスイス?からお返事を戴きました。
画像の左はmidiからMP3へ切り替えの頃です。うた物語になってからも背景を色々考えておられましたね。

「この道」2007年1月 1日 (月)mp3制作 なのに、
今見えるのは2007年1月18日 (木)になっているので、1月 5日 のコメントの方が早いですね。
「山のロザリア」も2006年12月16日mp3制作なのに、2007年2月14日 ?
どんな方法で引っ越しされたのかなぁーと見比べています。

     ♪ ♭ ♯   ♪ ♭ ♯   ♪ ♭ ♯   ♪ ♭ ♯ 

♪友よ淋しいときあなたに会いたい 友よ楽しいときあなたに会いたい・・
  「ともだち」 唄 鰐淵晴子 https://www.youtube.com/watch?v=xsXJNxiwbqQ

564に書きましたが「うた物語交流掲示板」11月24日夕方から字が大きくなったか太くなった気がします。?

掲示板を作って戴いてから3か月ですね。
最初、何方も書き込みされないので管理人さんの次に私が書かせて戴きました。
次が りんごさん  konohaさん 今でも青春さん・・ 27名です。



[688] nobara 様

投稿者: りんご  投稿日:2018年12月15日(土)13時24分48秒   通報   返信・引用

コメントありがとうございます。

カズオ・イシグロの「日の名残り」とても興深く読みました。
寂しい読後感でした。

娘が京都で働いてるので娘宅を拠点に彷徨するのを楽しみとしております。
好きな場所に  北山の府立植物園があります。
きのこの形が愛らしいのは森の文庫です。
絵本もたくさんあります。


よいお年をお迎えください。




[687] Re: 田舎暮らし

投稿者: nobara 投稿日:2018年12月15日(土)11時14分19秒   通報   返信・引用 > No.677[元記事へ]

りんごさま
いつも、素敵な写真をupしてくださって、私は楽しみに拝見しています。
事情があって、あちらこちら出かけられない身なので、旅先の写真なども楽しみなんですよ。
一つ一つお礼を書けなかったりしていますが、感謝して拝見していることをお伝えしたいのです。
心の中のアルバムに、美しいものをたくさん納めておくつもりです。nobara



[686] 一章様

投稿者: りんご  投稿日:2018年12月14日(金)21時09分17秒   通報   返信・引用

一章様
こんばんは
恐れ入ります。
スマホの写真を御ほめ頂いて~。
お礼に?りんごの木ごとお贈り致します。
早いもので平成最後の師走も明日で半ばですね。
運転に、お体に、くれぐれもお気をつけて新年をお迎えください。


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