うた物語交流掲示板


カテゴリ:[ なんでもフリートーク ]


823件の内、新着の記事から10件ずつ表示します。


[852] 日本の歌

投稿者: ハコベの花 投稿日:2019年 3月 2日(土)23時58分40秒   通報   返信・引用

今日、NHKののど自慢大会を観ていたら、聴いていてつまらなくなってしまいました。歌の歌詞が話し言葉で詩情を感じる歌がないのです。心にしみ込んでこないのです。そういう歌もあっても良いのですが、ロマンを感じる心模様や、風景などが全く出て来ないのですね。誰かに普通に話しているような歌ばかりで、つまらないのです。
三好達治の『甃の上』の様な美しい日本の風景を彷彿させるような詩が出来ないものでしょうか。日本人の脳が退化しているような気がしてきました。『毬藻の歌』『サロマ湖の歌』などなど良い歌が消えていくのは淋しいですね。詩人よいでよ!と切望しています。



[851] 北野天神の梅

投稿者: あこがれ 投稿日:2019年 3月 2日(土)23時32分35秒   通報   返信・引用

3月1日、久しぶりの陽気に誘われて、京都 北野天満宮の梅林(50種  1500本)に出かけてきましたが、外国人観光客も意外に少なく、梅昆布茶を頂きながら、のんびりと満開の梅花を堪能できました。

いつもの通り、箕面から池田の山越えのルートで、亀岡盆地~桂川沿いに嵐山へ、途中で『嵐山嵯峨野』で湯豆腐を頂き、食後 天竜寺界隈の塔頭をぶらぶらしてから、いつものお気に入りのコース、天竜寺~大覚寺~大沢の池~仁和寺~ここからきぬかけの路沿いに竜安寺~妙心寺~等持寺~堂本印象美術館、立命館大学衣笠キャンパス~金閣寺ルートを走り、北野天神さんへ~
思ったより、外国人観光客も少なくて、ゆっくり梅林を散策できました。満開の梅の木の下で、おいしい梅昆布茶の接待をうけながら、のんびりと癒された時を過ごしました。





[850] 「こいさんのラブ・コール」

投稿者: yasushi 投稿日:2019年 3月 2日(土)13時25分36秒   通報   返信・引用

朝、目が覚めた時に、何とはなしに、昔の懐かしい歌が口を衝いて出てきて、暫くは、その歌が頭を離れないことがあります。

このようにして、今朝、甦った歌は、「こいさんのラブ・コール」(石濱恒夫 作詞、大野正雄 作曲、フランク永井 唄 S33)でした。
歌詞1番は、
   なんで泣きはる 泣いてはる
   思いでの 柳並木も
   川のかごめも知っている
   あわいたそがれ 白い小百合に
   ほほよせて さいなら 大阪の町
   こいさん こいさん
   「女であること」 ああ 夢みる

私が社会人になって、関西に移り住んで、既に五十余年。関西は第二の故郷になっております。関西生まれ・育ちの人ほどには、関西弁を使いこなせませんが、この歌に出てくる、”泣きはる 泣いてはる”、”さいなら”、”こいさん”などの言葉には、特に違和感を感じることはありません(聞く分には)。

フランク永井さんが唄う歌として、「夜霧の第二国道」(S32)、「俺は淋しいんだ」(S33)、「霧子のタンゴ」(S37)などの男気溢れる歌とは、趣が異なり、「大阪ぐらし」(石濱恒夫 作詞、大野正雄 作曲 S39)とともに、関西弁で、明るく、しっとり歌っているところが好きです。

♪なんで泣きはる 泣いてはる…♪(どうして泣くの?泣いているの?)などの各フレーズは、平易な表現ですが、全体の脈絡を掴むのは少し難しい気がします。
自信を持てないながらも、私なりの解釈を試みますと、こいさん(若い乙女)が泣いている。なぜだろう(1行目)。それが、恋の泪だと、柳並木も、川のかごめ(かもめ)も知っているよ(2、3行目)。そして、こいさんは結婚のため、大阪を旅立つ(5行目)。こいさんは、夢見る、うら若い乙女なのだ(6、7行目)。
歌詞2番では、東京の”こいさん”の恋心を、歌詞3番では、他の幸せの町の”こいさん”の恋心を、謳っているのではないでしょうか。



[849] サーカスの唄

投稿者: あこがれ 投稿日:2019年 3月 2日(土)02時31分25秒   通報   返信・引用   編集済

和紙屋紫蘭 様

またまた、驚かされました。
惜別の唄(2016・10・30)での、コメントも尊敬の念をもって拝見いたしましたが、今回またまた95才というご高齢での、素晴らしいコメントに励まされ勇気を頂きました。
和紙屋紫蘭 様は、S17年 大阪外大に入学され、司馬遼太郎氏と同期だったとのこと、また萩原朔太郎に私淑しておられた広島出身のS様との思い出、原爆でS様の実家が灰燼に帰したこと等(私の実家も同様に原爆で跡形もなく灰燼に帰しましたので)、感慨深く拝見させて頂きました。
私は、S14年生まれの79才で、間もなく80才にならんとしているところですが、実は 最近目や耳の他にお脳の方の衰えも、ひしひしと感じることが多くなり、読書欲も書く力も日に日に衰えてきたと嘆いていた自分が恥ずかしくなりました。
あらためて、勇気を与えてくださった和紙屋紫蘭 様に心から感謝申しあげます。ありがとうございました。
これからも、ますますお元気で素晴らしいコメントを期待しております。

蓋し、和紙屋紫蘭 様のような、お元気でご聡明な大先輩にお目にかかれただけでも、「二木耕三のうた物語」を知った値打ちがあると、感謝しています。



[848] 越村 南さま

投稿者: konoha  投稿日:2019年 3月 1日(金)18時50分41秒   通報   返信・引用   編集済

 お年寄りが大事にされる、子供たちを地域社会で育てる国の文化はいいですね。かっての日本もそうでしたよね。越村さまがコメントされていますような風景と今の日本の風景との分岐点はどこだったのでしょうね。

 周知のようにベトナムの歴史は非常に過酷なものでした。戦後の日本の復興期、成長期に大人になった私たちは生活の快適さを求めている中で、なにか、とても大事なものが失われていくことに気がつかなかったのですね。その失われていったものがしっぺ返しのように社会問題になって、私たちの目の前に出て来ています。まだ間に合うのでしょうか、おおらかな日本の日常生活を取り戻すことに・・・・・、日々のニュースを見るたび、またニュースにならなくても生き辛い世の中を見るにつけ思ってしまいます。

 一体自分になにができるのだろうと思います。怒りばかりがこみ上げて来て空しさばかりです。昔、新聞でこんな言葉を読みました。「一隅を照らす」 自分にできることはこれしかないと思いました。小さな小さな事柄かもしれません。でもやらないよりはやった方が良いと思っています。
 最後になってしまいましたが、越村さまが書かれたコメント、ありがとうございました。改めて考えてしまいました。

 二木紘三さま、うた物語、交流掲示板と設けてくださいましてありがとうございます。これこそ「一隅を照らす」ですね。どれほど日々が癒されているかと今更ながら思います。



[847] ごちそうさまでした

投稿者: 越村 南 投稿日:2019年 3月 1日(金)15時10分36秒   通報   返信・引用

早春のりんごさま
鯛焼き、大好物です。ありがとうございます。
羊羹、井村屋の小豆餡の缶詰も、アイスの鯛焼きも・・
そういうものが無性に食べたくなった頃、帰国して、食いだおれの大阪で暴飲暴食します。
人生の楽しみ方は、抑圧と解放、緊張と緩和を自分で作ることだと思いますが、どうでしょうか。



[846] 人生いろいろ 

投稿者: りんご  投稿日:2019年 3月 1日(金)08時28分26秒   通報   返信・引用   編集済

かつては、日本も年寄りが威張る国でした。
少なくとも昭和21年純農村地帯に生まれ県外に出たことのない私の周囲では。
しかし最近になって必ずしもそうではなかったことを知り驚きました。

昭和27年3月24日「週刊朝日」春季特集号
坂口安吾「子が親を棄てる世相」の一部


親のタライ回し、結構ではないか。あまりに義務的だ、というのは当らない。親を養う子の心境は義務的なものと定めて、高く多く望まない方が平穏無難と言うべきだ。高く多く望むためにむしろハタンがくるのである。 こう言うといかにも親にワリがわるいようだが、どの子供もいずれは親になってワリがわるくなるだけの話で、人間とはそういうものだと考える方が穏当である。
又坂口安吾には「青春論」「悪妻論」もあり興味深く読みました。

以下は「青春論」の一部です


電車の中へ子供づれの親父やおふくろが乗込んでくる。或いはお婆さんを連れた青年が這入ってくる。誰かしら子供やお婆さんに席を譲る。すると間もなく、その隣りの席があいた場合に、先刻、子供や婆さんに席を譲ってくれた人がそこに立っているにも拘らず、自分か、自分の連れを
かけさせてしまう。よく見かける出来事であるが、先刻席を譲ってくれた人に腰かけて貰っている親父やおふくろを見たためしがないのである。 つまり子供だのお婆さんだのへの同情に便乗して、自分まで不当に利得を占めるやからで、こういう奴等が役人になると、役人根性を発揮し、権力に便乗して仕様のない結果になるのである。

又以下の情景には清々しい思いになれました。
同じく  坂口安吾 青春論より

去年の正月近い頃、渋谷で省線を降りて、バスに乗った。バスは大変な満員で、僕ですら喘ぐような始末であったが、僕の隣りに学習院の制服を着用した十歳ぐらいの小学生男子が立っていた。僕の前の席が空いたので、隣りの少年にかけたまえとすすめたら、少年はお辞儀をしただけで、かけようとしなかった。又、席があいたが同じことで少年は満員の人ごみにもまれながら、自分の前の空席に目をくれようともしなかったのである。
僕はこの少年の躾けの良さにことごとく感服した。この少年が信条を守っての毅然たる態度はただ見で、宮本武蔵と並べてもヒケをとらない。学習院の子供達がみんなこうではあるまいけれども、すくなくとも育ちの良さというものを痛感したのである このような躾けの良さは、必ずしも生家の栄誉や富に関係はなかろうけれども、然しながら、生家の栄誉とか、富に対する誇りとか、顧みて怖れ怯ゆるものを持たぬ背景が
あるとき、凡人といえども自らかかる毅然たる態度を維持することが出来易いと僕は思う。


大変長くなりました。
お詫びのしるしに当地の名物「若葉」の鯛焼きをどうぞ。
餡が尾の先まで入ってます。





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[845] 芳勝さま、konohaさま

投稿者: 越村 南 投稿日:2019年 3月 1日(金)03時34分3秒   通報   返信・引用

芳勝さま
 この国では日本と違い、小さな子どもや赤ん坊をよく見かけ、その声を聞きます。はつらつとした幼い命にふれると、思わず知らず静かな歓喜が体の中に満ちてきます。こちらは少子化の現象はまだ見られず、老年、壮年、青年、子どものバランスが取れた国です。
またこの国は「敬老精神のきわめて厚い国」です。「年寄りがいばっている国」ともいえます。
私たち老人がバスに乗ると、若い人、学生がすぐに席を譲ってくれます。実に軽やかにあっさりと譲ってくれます。時々、ケータイに夢中になって、老人の乗車に気がつかない若者がいると、車掌が、「オイ、君」と促したりする。はじめの頃は、よくケンカにならないものだと思いました。年寄りを立たせて若者が座っているのを周りの乗客が許さないような静かな圧力もあるといえます。規範とか道徳律というのは自由意志ではなく圧力なのでしょう。
考えてみると「年寄りがいばる国」か「若者がのさばる国」かのどちらに偏るしかないかもしれません。

 こちらは田舎に家族・親族がかたまって住んでいます。祖父母もいれば、伯父・叔父、伯母・叔母の家族もいます。また同じ村人どうしの男女が結婚するケースが多く、婿、嫁の親族も加わって、私の場合、家族・親族は総計100人近くいます。顔と名前を覚えるは苦手なので、覚えるのに2年ほどかかりました。
そういう大親族を背景に「お年寄りを大切に」「年長者を敬いましょう」をまず父母から教えられ、さらに親族から教えられ、そして学校で先生から教えられ、最後にはバスの中で、社会教育として車掌から指導・注意されるのですから、敬老精神は鉄板クラスです。
しかし敬老精神の基本は、老人、若者、子どもが、まず日常的に顔をあわせて言葉を交わすことから始まるのでしょうね。

konohaさま
しゃもじ渡し、まったく知りませんで、少し勉強しましたが、なかなかおもしろかったです。主婦権の譲渡ですね。私は入り婿に等しい状態ですから、婚家に嫁いだ女性の立場を少しは理解できます。
さらに転勤の話ですが・・
不本意な遠距離への転勤命令にしたがって単身赴任する日本人は、どこか知らないところへ引っ張られていく家畜のように思えました。まさに社畜です。しかし長期ローンなどで家を買ってしまった人は、もう会社には逆らえないから、空しく自らを鼓舞して赴任せざるをない。単身赴任によって家族の間で失われたものは大きかったでしょうが、そこは何事もなかったようにつくろうでしょうね。声をあげなきゃ!と思います。
 ベトナムは、はじめから「出稼ぎ意識」で他郷で働く人は別として、家から通勤する人は、通勤時間が1時間以上になると、たとえ給料が高くとも、会社を変える人がほとんどです。まして、遠くへの転勤となると、未練なく会社を辞めます。家族・親族と一緒にいる時間が長いことが幸せのバロメーターです。
また「今朝、子どもが熱を出したので休みます」という欠勤届の電話をごく普通にします。会社側も「そうですか、お大事に」と返事します。<経済発展より家族が大事>が社会的に認知されています。余生を送る私にはとてもおもしろい国です。



[844] 二重母音EIの発音について

投稿者: 二木紘三 投稿日:2019年 2月28日(木)15時45分1秒   通報   返信・引用   編集済

田主丸様
『踊子』で三浦洸一が「キレイナ」と発音している件についてですが、標準語音や正書法についての私の知識は生かじりですので、ご満足いただけるお答えができそうにありません。
教育出版の下記のページには、丁寧、先生、映画などに含まれる二重母音EIの発音の揺れについて、かなりわかりやすく書いてありますので、ご覧ください。
https://www.kyoiku-shuppan.co.jp/textbook/chuu/kokugo/guidanceq014-00.html

ついでながら、発音の揺れについては、無音化(例1)や鼻濁音(例2)についても気になりますね。
例1:タクシーのクのように、タKシーと無音化すべきところ、タKUシーと母音を入れてしまう。これは、明石家さんまなど上方出身の人気芸人の影響がかなりあるようです。
例2:午後五時の後のように、ゴコ°ゴジと鼻濁音にすべきところ、ゴゴゴジと普通の濁音にしてしまったり、逆にゴコ°コ°ジと濁音にすべき文字まで鼻濁音にしてしまう。テレビで、若いアナウンサーがベテランアナウンサーに注意されている場面を何回か見ました。



[843] Re:釜山港へ帰れ

投稿者: 芳勝 投稿日:2019年 2月28日(木)00時05分45秒   通報   返信・引用   編集済

吟二様

この度は「うれしいひなまつり」への私の拙いコメントに、共感をしていただき有難うございました!

吟二様の「釜山港へ帰れ」へのコメントを拝読させていただきましたが、14回も訪韓されたのには驚きました。ハングルはもうすでにお手のものなのでしょうね!吟二様の韓国への親しみと愛情を感じます。
私は1986年にチョー・ヨンピルが歌った「窓の外の女」を初めて聴いた時、その歌唱力に引きずり込まれ感動した憶えがあります。そのあとに流行った「想い出迷子」も好きな曲で、当時カラオケでよく歌いました。私は4回観光旅行で韓国へ行きましたが、その都度渡韓する毎に物価の上昇を感じたような憶えがあります。
吟二様のコメント文面のように、現在の韓国にあっては、韓国の英雄的歌手のチョー・ヨンピルは、ヘタな政治家より、国民の支持とその影響力は絶大なものがあるように思います。

話は変わりますが、吟二様が「かあさんの歌」へご投稿された文面、

>ある日先生から「藤森君、給食費が未納だから、お母さんに言っといてくれ」と言われたので母に言ったら母は急に押し入れの中に顔を突っ伏して声を忍ばせて号泣したのです!・・・私はこの文面を目にした時、ふと長姉や次兄が学級日を払えず、先生から同じようなことを言われ、それを聞いた両親も姉や兄にすまなそうに困った顔をしていた、幼いころに幾度となく見ていたそんな光景を想い出してしまい、思わず胸が熱くなりました。

季節の変わり目でもありますので、くれぐれもお身体にはご自愛ください。


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