うた物語交流掲示板


カテゴリ:[ なんでもフリートーク ]


687件の内、新着の記事から10件ずつ表示します。


[726] 仲邑菫!

投稿者: 芳勝 投稿日:2019年 1月 5日(土)23時48分5秒   通報   返信・引用   編集済

今日のネットニュースで日本棋院の発表を見て驚きました!
これまで囲碁棋士藤沢里菜女流本因坊4段(20)が持っていたプロ棋士最年少記録11歳6ケ月を
ぬり返る棋士は当面の間はいないだろうと、私は思っていただけに大変驚きました。
この囲碁棋士試験に合格した仲邑菫(なかむらすみれ)初段(9)は4月1日付けでプロになり、その時点での最年少新記録10歳0ケ月には驚きます。
記者会見では実に堂々とした態度で、その愛らしさと可愛さの中には、すでに大物の片鱗が伺えました。







[725] 男の思いを謳った歌

投稿者: yasushi 投稿日:2019年 1月 3日(木)13時45分25秒   通報   返信・引用

明けましておめでとうございます。
本年もよろしくお願い申し上げます。

男の情熱、純情さ、優しさ、ロマン、強さ、弱さ、思い上がり、身勝手さ、など、男のいろいろな思いを謳った歌を、日頃口遊む歌の中から、幾つか、思いつくまま挙げてみました。

「男の純情」(佐藤惣之助 作詞、古賀政男 作曲、藤山一郎 唄 S11)
  歌詞2番の、♪所詮男のゆく道は なんで女が知るものか♪は、男の思い上がりでしょうか。長調と短調が絶妙にミックスしたメロディは、歌詞とよくマッチしています。
「燦めく星座」(佐伯孝夫 作詞、佐々木俊一 作曲、灰田勝彦 唄 S15)
  歌詞1番の、♪男純情の…思い込んだら 命がけ…♪と、男の純情さ、情熱、強さを感じます。
「山小舎の灯」(米山正夫 作詞・作曲、近江俊郎 唄 S22)
  この歌は、山の歌であると同時に、男のロマンを謳った歌でもあると思います。歌詞1番の、♪思い出の窓に寄り 君をしのべば…♪や、歌詞2番の、♪寂しさに君呼べど わが声むなしく…♪から、遠い昔に別れた彼女(片思い?、失恋?、死別?)を思う男のロマンを感じるのです。
「男のいのち」(佐伯孝夫 作詞、灰田有紀彦 作曲、灰田勝彦 唄、S31)
  歌詞1番の、♪白い花が散る 誰の泪(なみだ)やら 山の月に 霧が降る 峠ゆくひとりよ…♪と、男の孤独感を感じます。
「夜霧の第二国道」(宮川哲夫 作詞、吉田正 作曲、フランク永井 唄 S32)
  歌詞1番の、♪つらい恋なら ネオンの梅へ 捨てて来たのに 忘れてきたに…♪では、男の身勝手さ、喪失感が、歌詞3番の、♪泣かぬつもりの 男の胸を 濡らす夜霧の…♪では、男の弱さが読み取れるように思います。
「男のブルース」(藤間哲郎 作詞、山口俊郎 作曲、三船浩 唄 S33)
  歌詞1番の、♪男ならばと こらえちゃみたが 恋のいたでが 命とり♪と、 ここでも、男の弱さを感じます。
「俺は淋しいんだ」(佐伯孝夫 作詞、渡久地政信 作曲、フランク永井  唄 S33)
  歌詞1番では、♪あの娘(こ)を捨てて 俺はゆく…♪と、男の身勝手さが、歌詞3番では、♪男のさだめさ ひとり旅へゆく♪と孤独感が読み取れるように思います。
「霧子のタンゴ」(吉田正 作詞・作曲、フランク永井 唄 S37)
  歌詞1番では、♪好きだから 別れてきたんだよ♪と、男の身勝手さと喪失感が、そして、歌詞2番の、♪可愛い霧子よ 泣いてはせぬか♪、歌詞3番の、♪幸福(しあわせ)に なっておくれ霧子 幸福に霧子♪には、男の優しさが滲み出ていいるように思います。

「男の純情」は、長調と短調の絶妙なミックス、他の歌はすべて長調と、私の好みに由来して、選曲に偏りがあろうかと存じます。他にも、いい歌がいろいろあることでしょう。
このように、男の思いを謳った歌があるなら、女の思いを謳った歌もあろうかと思う次第です。



[724] 謹賀新年

投稿者: あこがれ 投稿日:2019年 1月 1日(火)10時09分57秒   通報   返信・引用

二木先生、皆様方へ 明けましておめでとうございます。

二木先生には、昨年は大変お世話になり、ありがとうございました。
今年も 二木先生の演奏と名解説を楽しみに「うた物語」で、皆様と仲良くつながっていければと、
思っています。
今年も元気に頑張って、投稿させて頂ければと、思っていますので、よろしくお願いいたします。



[723] ♪ちいさい秋の絵み~つけた

投稿者: なち 投稿日:2019年 1月 1日(火)07時50分17秒   通報   返信・引用   編集済

おめでとうございます。今年も宜しくお願いします。

「ちいさい秋みつけた」の素敵な絵を見て来ました。
拡大して見れるので良いですね。
子供の頃の、かくれんぼを思い出しました。
実家の近所に洋館建てのお家があって、母が好きだと言ってました。

絵は苦手ですが、ペイント画は材料があるので少しはまし?です。
   *************
管理人さん
「うた物語」のトップ面に絵を更新されたのを書かれると良いですね。
この掲示板のは拡大できないようになったのですね。



[722] ちいさい秋みつけた

投稿者: 二木紘三 投稿日:2019年 1月 1日(火)01時37分18秒   通報   返信・引用

10数年前に作った『ちいさい秋みつけた』のmp3(当時はmidi)を全面的に作り直すとともに、2019年の年賀状用にPhotoshopで描いた絵を入れました。年賀状にふさわしい絵ではありませんが、今までも季節に関係なく、童謡・唱歌をテーマにした絵を描いていたので。
歌詞に風見鶏が出てくるので、洋館にしたのですが、もうすこし小さくて古びた感じの洋館にすべきだったかもしれません。



[721] この一年を振り返って

投稿者: yasushi 投稿日:2018年12月29日(土)20時34分12秒   通報   返信・引用   編集済

今年は、地震、台風、豪雨など、大きな災害が多い年でした。被災された方々には、心からお見舞い申し上げます。

さて、歌の世界では、私にとって、印象に残ることが幾つかありました。
1.「お使いは自転車に乗って」(S18)
  二木先生によって、新年早々にupされた歌ですが、私の大の愛唱歌の一つであり、幸先いいスタートでした。多くの方々の投稿もあり、かなり盛り上がったように思います。
2.尋ね歌、探し歌
  尋ね歌、探し歌につきまして、望外の成果がありました。
①「涙のはぐれ鳥」(S26 [450]をご参照 )
  長年探していた、美空ひばりさんの歌で、メロディの一部分と断片的な歌詞フレーズだけ憶えておりました。ネット検索の末、やっと、題名と歌詞(全体)が判明しました。短調の美しいメロディ・歌詞が、心を捉えています。
②「二人の瞳」(S27 [473]をご参照)、「花のオランダ船」(S29)
  この二つは、久しく忘れていた、美空ひばりさんの歌で、ひょんな拍子で思い出しました。ネット検索で、歌詞(全体)明らかになりました。少年時代に戻って、無邪気に、明るく、楽しく歌える、好きな歌です。
③「憧れはアメリカの空へ」(S25 [558]をご参照)
  この歌も、長年探していた歌で、メロディと断片的な歌詞フレーズは憶えておりました。ネット検索の末、題名と歌詞(全体)、そして、歌い手が小畑実さんであることが分かりました。私にとって、大きな発見でした。ただ、残念なことに、、小畑実さんの歌声(この歌の)には、再会できていません。
「男のいのち」 (S31 [534]をご参照)
  久しく忘れていた、灰田勝彦さんの歌で、メロディと断片的な歌詞フレーズが心の片隅に残っていました。ひょんな拍子で思い出し、ネット検索の結果、題名と歌詞(全体)が判明しました。男っぽさが感じられて、なかなかいい歌です。この歌も、歌い手(灰田勝彦さん)の歌声には、再会できていません。
 ♪春がくる 春がくる 小川(柳?)さらさら 思い出の…♪([34]をご参照)
  残念ながら、この歌の、題名、作詞者等の手掛かりは得られておりません。どなたか、お知りの方は、ご教示くださいますようお願いします。
3.浜田真理子さんの歌との出会い(「港が見える丘」の3/29拙コメント、[699]をご参照)
 この春先に放映あったテレビ番組、”マイ・ラスト・ソング「小泉今日子が届ける人生に寄り添う名曲」”で、最初に登場したのが、「港が見える丘」(S22)でした。シンガー・ソング・ライターの浜田真理子さんによるピアノ弾き語りが、ゆったり、しっとりした歌声で、とても素晴らしいものでした。引続き登場した「朧月夜」(T3)、「みんな夢の中」(S44)や、後にYouTube検索で聴いた「白い船のいる港」(S23)も、とても魅力的で、浜田真理子さんの歌声に魅せられています。

この一年、”二木紘三のうた物語”の閲覧・投稿を中心に、歌についてのいろいろな思いに出会い、共感、発見、交流することにより、豊かな歌の世界を楽しむことが出来ましたことを、嬉しく思っております。
これも、偏に、このサイトを設置・運用してくださっている二木先生、そして、このサイトを盛り上げておられる閲覧・投稿者各位のお陰と、一閲覧・投稿者として、心からお礼申し上げます。
今後ともよろしくお願い致します。

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[720] (無題)

投稿者: りんご  投稿日:2018年12月29日(土)15時50分14秒   通報   返信・引用

迷える古羊様
おっしゃる通りですね。
剣道は金にはならない、よくて県警のトップ、学校の教員などですね。
剣道は挙措が美しく金には換えられない品格があります。

本日の地元紙に8段昇進の栄誉を勝ち得た人の紹介記事がありました。
矢張  8段は神の領域のようです。

サンタさんの手紙の件  本当にバアバも泣けました。
どうぞ 昇段を目指して精進ください。
重ね重ね良いお年をお迎えください。

近所のベーグル専門店で見繕いました。
軽食にどうぞ。



[719] 剣道その2

投稿者: 迷える古羊 投稿日:2018年12月28日(金)22時54分29秒   通報   返信・引用

りんご様
 お孫さんのお写真拝見しました。何度見てもお二人ともかわいいですね。美しい顔立ちの中に、いい面構えがうかがえます。それにしても、サンタさんのお手紙が見つからないにはかわいそうで涙がでました。
 さて、無責任ななことを申しますが、私はよくご父兄に「剣道をしても、野球やサッカーのように金にはなりません。良くて県警のトップ・・悪くても不良には成らないでしょう(笑)。剣道は老後も出来て、若い奴らを打ち負かせるので気分が良いですよ」とお薦めしております。勉強の方も、野球をやる子もそうですが、剣道をする子もよく出来る子が多かったですね。文武両道は昔からの大切な謂れですが、武とは現代では必ずしも剣道を指すものでなく、スポーツ全般を指していることが不本意ですね。剣道はスポーツではありません。日本古来の文化です。今や世界中で剣道をやっていますが、オリンピックの競技種目に立候補しないのは勝ちの構成要件が気剣体の一致で込み入っているからだと思います。要するに日本刀を理解していないのです。負けは死ですからね・・まあ、子供の頃はいろんなスポーツをやらせてみて、自分に合ったものがあるかも知れませんから選ばれたらいいと思います。ただ、団体スポーツで得点するには、野球にしろサッカーにしろ、バレーボールにしろ競技場を走り回って、仲間の選手同士が協調することが大変重要なことなのできついですね。多分、剣道ほど楽なスポーツは無いと思います。個人競技ですから、息苦しいときには自分で間合いを調節すれば楽になり、さらに、呼吸法を覚えればさらに楽に動けるようになります。私がいい例で、この74歳の老人がで肉離れをして3ヶ月ほぼ休んでも、直ぐに追いつくことが出来ました。勝海舟は剣道はもう一つでしたが、剣道の心構えが立派でしたので、千葉道場から免許皆伝を受けたとあります。ですから、外出時は岡田以蔵などを共に連れて身を守っていたようです。
剣道には、大人でも子供でも一度手を染めたらまたやりたくなるような要素が日本人魂にあるようです。弟さんも必ずまたしたくなりますので、しばらくほっておかれたら如何でしょうか・・剣道は道場でなくてもお家の中や庭先でも練習は出来ます。足腰を動かして素振りをすればいいのです。打ち込み稽古が一番良いのですが・・
《長文になりすみません》



[718] 剣道

投稿者: 迷える古羊 投稿日:2018年12月28日(金)22時53分30秒   通報   返信・引用   編集済

りんご様
お元気ですか、月日が経つのは本当に早いもので、今年もまもなく暮れようとしております。
 さて、『赤胴鈴之助』の投稿欄で、11月に剣道7段の審査を受けてみると書いてしまいましたが、結果は残念ながら不合格でした。全剣連は不合格者に対し、希望により受審者の実力の程を葉書でA・B・Cのランク付で通知してくれるのですが、それでも、「あと一歩」のA評価を頂き希望をつなぐことが出来ました。6段審査の時にA評価をもらって直ぐ合格したものですから、昨年の11月審査会も同じA評価でしたのでおおいに今年に期待したのですが駄目でした。 何と言っても、昨年最後の稽古日に右上腕部を肉離れを起こし3ヶ月余棒振ったのがこたえました。稽古は嘘をつきませんから仕方ないですね。もう大丈夫のようですので今年こそはと思います。私もその一人ですが、剣道する人は準備運動をおろそかにする人が多く見受けられます。こんな目に遭って初めて後悔しましたので、お孫さんにも、特に冬は十分準備運動をして稽古に入るよう、そして、打ち込みは、手で打たず足腰で打つ事を心がけるよう、お伝えください。
 では、良いお年をお迎えくださいませ。



[717] 両親は偉大!

投稿者: 芳勝 投稿日:2018年12月28日(金)15時09分10秒   通報   返信・引用

「鐘の鳴る丘」のコメントを拝読しまして!

konoha様 ハコベの花様 お二人のコメントには説得力を感じました。
戦前・戦後のあの想像を絶する混乱期を少女として体験してこられた、その胸中が伝わってきます。
戦後に生まれた私は、幼い頃にひもじい思いをしたという体験はありましたが、命が危ぶまれるということはありませんでした。そのことが本当に有難いと思っています。
今、改めて私が思うことは、戦前・戦時中・戦後という昭和の激動の中で、私たち子供を育てあげてくれた両親の偉大さを感じています。
昔は良かったという言葉は禁句!ですが、それでも私にはその思いが拭えません。
先日法事があり、家族が集まりました。その際、兄の家に立ち寄った時、私が初めて観る古いアルバムがありました。当時の近所の広場でゴム飛び遊びをする小学生の姉たちの姿や、馬飛びをしている兄たちが写っているセピア色がかった写真を観ていて、その風景や着ている洋服などに懐かしさを感じながら、アルバムをめくっていると、玄関前で写っている両親の写真がありました。
考えてみると父も母も当時はまだ40代のころですが、50代半ばのように見えます。今改めて思うのは大変な苦労の中で、私たちを育ててくれていたんんだと感じました。
「親孝行したい時に親はなし」という言葉は本当で、今この歳になり余計に強く実感しています。
しかし昭和時代それも30年代を過ごせたということ、貧しくても情の通う時代を体験できたということに、私には仄かな満足感があります。


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