うた物語交流掲示板


カテゴリ:[ なんでもフリートーク ]


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[2259] 蓮の花に心洗われて

投稿者: けん 投稿日:2021年 7月23日(金)18時01分6秒   通報   返信・引用

りんご様の素敵な「蓮の花」に心奪われました。

 早朝から往復50分もかけ 訪ねられた「ハス育成園」のご案内。
 88歳園主さんの心意気と誇り。
 炎天下に負けず咲いている蓮の花。

写真から強烈な太陽、50種の蓮を育てられる園主さんの汗や平素の
ご努力が伝わってまいります。

 花はいいですね! 有難うございました。




[2258] 現代の学生気質

投稿者: sitaru 投稿日:2021年 7月23日(金)14時53分11秒   通報   返信・引用   編集済

 長崎のsitaruです。kazu様、連続のコメント、ありがとうございます。学生の現状を心配し、日本の将来を案じておられますが、私は鈍感な方で、今の学生は、昔の学生とは、やはり違うなと認識することがある程度です。

 私は、1980年に修学を終え、宮崎の大学に就職しました。そして、そこで8年間、その後は30年の間、熊本の大学で教え、63歳で退職しました。九州の片田舎でずっと教えていましたので、学生気質も、東京など大都会のそれとはだいぶ違っていたろうと思いますが、当時の宮崎の印象は、とにかく南国の明るさ暖かさ、人々の素朴さ、人情味の厚さでした。小学校や中学校の国語の先生を目指す学生を中心に教えたのですが、学生はみな朴訥で、のんびりとしていました。福岡で7年間、毎日生き馬の目を抜かんばかりに競争する学生の中で過ごして来た私には、新鮮な驚きでした。私もまた20代の半ば過ぎでしたので、学生の兄貴分という気持ちで、研究室に所属する学生とはよく行動を共にしました。鹿児島県との県境の霧島連峰の中腹にあるロッジ風の山小屋や大分県九重の筋湯温泉にある研修所で毎年合宿を行ない、学生コンパによく付き合い、研究室の中でトランブ遊びに興じたり、時には学生を自宅アパートに呼んで、TVから録画した歌番組の影像を見ながら、みんなでアイドル談義に花を咲かせたりしました。

 熊本の大学に移り、文学や語学を研究する学部に属して、環境は大きく変わりました。学生たちの多くは、高校時代に古典文学や近代文学が好きで入って来ており、かなり質の高い学生もいましたが、私の専攻する国語学という学問は、大学で初めて接するという学問ですので、毎年卒論に選ぶ学生は少数でした。90年代までの学生は、大学院生も比較的多く、上級生が下級生の面倒をよく見、読書会などもよくしていました。明らかに状況が変わったのは、今世紀に入ってからだったと思います。平成不況の中、学生たちは学問よりも就職のことで頭が一杯になり、とにかく単位さえ取れれば良いと考える学生が多くなりました。レポートを課すと、ネット上の情報をコピー、按配して(いわゆるコピペです)提出する学生が増えて来たと嘆く教員が何人もいましたので、私はコピぺが通用しない形でレポートを課しました。大学院を目指す学生も減り、教員免許は一応取るが、採用試験は受けないという学生も増え、全体に学生たちに覇気が感じられなくなったというのが、鈍感な私の正直な感想です。

 唱歌「わかば」に関する「墨塗り教科書」のエピソードですが、私自身が経験したことのない時代のことですから、今の学生が追体験するのは到底無理で、反応もほとんどありませんでした。
 学生たちの将来、ひいては日本の未来について、深く考えたことはありませんが、我々の時代よりはるかに厳しい時代を生きている若者たちが可哀そうだと思う一方で、何とかそれを乗り越えようと頑張っている若者にエールをおくりたいと思います。ただ一つ、心配なのは、ネット上に情報が溢れ、様々に便利になったことで、自分で深く考え、困難を自分で克服する力が弱くなって来ているということです。今回も長くなり、申し訳ありませんでした。



[2257] Re山口功様

投稿者: りんご  投稿日:2021年 7月22日(木)11時20分53秒   通報   返信・引用   編集済

蓮の花に心洗われて
早朝6時頃ハス育成園にお邪魔しました。
50種の蓮を育成。
大賀蓮、不忍池斑蓮、中尊寺蓮など
多種育成してるのは
日本でも私1人と

88歳の園主さん。

往復
徒歩50分
帰路の太陽に負けました。



[2255] 和歌

投稿者: kazu 投稿日:2021年 7月22日(木)05時05分18秒   通報   返信・引用

Sitaru 様

楽しい狂歌をありがとうございました。学生の皆さんと親しむ良い先生でいらっしゃるのですね。やはり昔の和歌に精通しておられるのですね。昔の和歌は千人万首というブログを見て少しおぼえました。昔は秀歌を得るために命を縮めた人も複数いて、文化のレベルが高かったのだなあと思えます。二木先生のこの歌のブログにある「夏は来ぬ」や「青葉の笛」のような歌、そこに込められた昔からの和歌の伝統の大事さを日本人は忘れてはいけないと思えます。



[2254] Re:ツケぞ残れる

投稿者: sitaru 投稿日:2021年 7月21日(水)23時52分56秒   通報   返信・引用   編集済

 長崎のsitaruです。kazu様、コメント、ありがととうございます。今日は、朝から病院で、内科、眼科、皮膚科と、はしご酒ならぬはしご検診で、ほとんど一日がかりでした。病院は、日赤の原爆病院という長崎でも名の通った所なので、患者が多く、予約していてもそれぞれでかなり待たされて、毎回、家に帰るとぐったりして、死んだように眠ってしまいます。ご返信が遅れまして失礼致しました。
 50の老いの坂を迎えようとしていた頃、人生一度切りなのだから、いろんなことに挑戦してみようと始めたのが俳句と狂歌でした。句作のきっかけは、研究室の合宿研修で阿蘇山に上った時、途中の小さな美術館の庭から阿蘇の外輪山、熊本市街方向を眺めていたら、学生の一人が、「先生、ここで一句」と声をかけて来たことでした。それ以来、ほぼ10年間、断続的に句作を続け、新書判の小冊子を数年ごとに3冊印刷して、職場の同僚や知人に配りました。普通は、同人誌に拠ったり、句会に参加して腕を磨くという方法を採ると思いますが゛、面倒臭がり屋の私は、ひとり孤独に作り続けました。ただ、常々人と同じようなことはしたくないと思っていましたので、全国に何百万人もいる俳句愛好家とは違う独自の句を作ることは困難と感じて、とうとう句作をやめました。もう10年近く作っていません。
 狂歌の方も、ほぼ同じ頃作り始めましたが、こちらは江戸時代後期に最盛期があり、明治以降はすっかり衰微してしまった文芸形態なので、まともに作っている人はほとんどおらず、「よし、それなら俺が」という意気込みで作り始めました。もともと洒落、駄洒落が好きだったので、恰好の創作形態でした。古典名歌のもじりという手法(いわゆる「本歌取り」)で作って、100首ごとにひとまとまりとして、東京の出版社からやはり新書判で2冊出しました。一応商業ベースに乗せてもらったのですが、一冊目は若干売れたものの、2冊目はさっぱりで、返本の山でした。それで、こちらは3年くらい作って、その後は中断したままです。
 kazu様のご指摘、見事に当たっていましたので、本当にびっくりしました。俳句もそうでしたが、狂歌こそ自己満足で、うまくもじれたと一人悦に入っていました。せっかくですので、ネット上のブログで僅かに反応があった狂歌を三首紹介させていただきます。笑っていただけますかどうか。
 ・年の割に張りはあるけどわが肌を覗(のぞ)いちゃいやん触っちゃいやん
 本歌:年の内に春は来にけりひととせをこぞとや言はんことしとや言はん(「古今和歌集」、在原元方)
 ・痩せ来(き)ぬと妻は言へども間食(はざぐ)ひの減らぬ限りはあらじとぞ思ふ
 本歌:春来ぬと人は言へども鶯(うぐひす)の鳴かぬ限りはあらじとぞ思ふ(「古今和歌集」、壬生忠岑)
 ・カランコロン履きて馴れにし下駄しあれば墓場の鬼太郎足袋(たび)をしぞ厭(いと)ふ
 本歌:唐衣(からころも)着つつ馴れにし妻しあればはるばる来ぬる旅をしぞ思ふ(「「古今和歌集」・「伊勢物語」、在原業平)
 なお、唱歌「わかば」に関連する現代の学生気質については、別の機会に触れさせていてただきます。
 Kazu様のご慧眼に感謝を込めて、また長々とお話いたしました。



[2253] ツケぞ残れる

投稿者: kazu 投稿日:2021年 7月21日(水)20時02分6秒   通報   返信・引用

Sitaru 様

私の勘違いかもしれませんが、「ホステスの出しつる紙を眺むればただ飲みしたるツケぞ残れる」と、平安時代の歌「ほととぎす鳴きつるかたを眺むればただ有明の月ぞ残れる」に合わせてお作りになり、そういう傑作をいくつもお詠みになったのは Sitaru さんでいらっしゃいますね(私の勘違いでしたらごめんなさい)。日本語の研究の楽しい紹介へのご努力、楽しいです。「ほととぎす」と「ホステス」は「ほ」や「す」が似ていて、「月ぞ残れる」と「ツケぞ残れる」には感嘆いたしました。「ただ飲みしたる」の「したる」は Sitaru との掛詞ではないかと思いました。それから、「わかば」の歌のお話ですが、学生の反応を、若い人の反応がこうでは日本の将来は暗いとお思いになったか、素晴らしい反応があり日本の将来は明るいとお思いになったか、とかお話くださいますと、日本の行く末はどうなってしまうのだろうと時々案じる私にはありがたいです。



[2252] 引き継がれていくもの

投稿者: konoha 投稿日:2021年 7月20日(火)12時14分30秒   通報   返信・引用   編集済

迷える古羊さま
 しばらくお名前を拝見していませんでしたが、お元気そうで何よりです。早速夫に巨人の松原っていいの?と聞いてみました。すると嬉しそうな顔をして「いいよ、俺好きだよ。一番バッターで安定しているよ。楽しみだ。」と言っています。野球に全く関心のない私が聞いたので、これこれしかじかと話すととても喜んでいました。「大谷翔平の時は俺と結婚して50年経つのに野球に興味を持つなんて一度もなかったのに」と先日言っていました。

なちさん
「見る前に飛べ」見ました。じいじがゆうくんにメロメロなのがわかります。可愛らしく素敵なご案内ありがとうございます。私もすっかりゆうくんのファンになってしまいました。照の富士にも是非見て欲しいですね。将来相撲取りになって舞の海のような解説者になるのでしょうか。なんでも食べるゆうくんなので将来が楽しみですね。きっとじいじも待ち遠しいくらいに楽しみにしているでしょうね。じいじが間に合うといいですね。


引き継がれていくもの
 100年以上も続いている老舗と言われる企業の数の多さはは世界中を探しても日本だけらしいですね。先人の想いと知恵を守りながら新しいことに挑戦していくという伝統の素晴らしさが好きです。改めてここで申し上げるものではありませんが、日本文化には『道』(どう)という言葉があります。拘り過ぎると非常に窮屈になってしまいますし、いいじゃないかと行き過ぎるとこれまたいけません。

 相撲にも言えることではないかと思っています。相撲は伝統に裏づけされた形式美が何よりも語っています。相撲は元来神様に奉納するものです。今でもお正月に明治神宮で横綱の土俵入りの奉納がありますし、新横綱は明治神宮にその旨を報告して真っ白なまわしを頂いてから、奉納土俵入りをします。つまり何を言いたいかと申しますと、土俵は神聖な処です。リングとは違います。勝ち抜いた嬉しさは理解できますが、あの雄叫びはダメです。戦った相手に失礼きわまりないし、後に続く力士たちがあの姿を良しとしないでほしい。また関取の長に立つ者は受けて立つ相撲を見せてほしい。それが無理だったら潔い姿を後に続く力士たちに見せてほしいと思います。



[2251] 相撲

投稿者: なち 投稿日:2021年 7月20日(火)07時05分9秒   通報   返信・引用

小学校から隣町の中学校へ、若乃花を見に行ってから、
興味のなかった相撲をラジオで聴くようになり、
弱い長谷川等の花籠部屋を応援するようになりました。
 若乃花本人が出演の「土俵の鬼 若ノ花物語」の映画も学校から観に行きましたが、
其の後だんだん興味がなくなりました。
花貴ブームの時、どんな感じかなとちょこっとは観ましたが、
今はラジオ、テレビ、新聞からです。
 名古屋場所のも、ラジオの番組で言ってたので、何があったのかなと思った位です。

 昔、大阪へぶらぶら行く朝の電車、ポマードをプンプン臭わせた(匂)お相撲さんが数人。
この方達は急行の電車だから、朝からの試合なのかな?と。
もう20年位前なので、有名になられても現役ではないでしょう。

 [2215]に書きました「 見るまえに跳べ 」です。
https://www.youtube.com/watch?v=_D7laKwZkSo
https://www.youtube.com/watch?v=NvAZ7swQvaI
https://www.youtube.com/watch?v=R1A3H01yZ_w
https://www.youtube.com/watch?v=fgNnGgRbrZ0
https://www.youtube.com/watch?v=efXAF4tLiUo



[2250] Re[2249] 相撲の張り手

投稿者: 迷える古羊  投稿日:2021年 7月19日(月)22時20分4秒   通報   返信・引用   編集済

Konoha様よくぞ言ってくれました。全く同感です。白鵬の14日目といい、千秋楽といい、かって私は横綱のこんな型破りというか、品位のない醜い相撲を見たことがありません。決戦日で相手の顔に手を突き出したり、ひっぱたいたりして相手の勢いを弱める(張り手)や、自分の腕に布をあてがって相手の喉や顎を打ち上げて勢いを止める(かち上げ)等の行為は半分プロレスを見ているようでした。これらはいつものことですが、今回は度が過ぎました。白鵬も相手が強いので余裕がなく、なりふり構わない行動が出たのでしょう。それじゃあ相手も同じ事を白鵬にすれば良いじゃないかと言うものの、それをしないのは、相手が目上で、ましてや横綱にそれをすると大変失礼だという思いが、もともと親方から日本の武士道精神に反する不作法な真似はするなと、きつく教えられているからだと思います。まあ、14日目の立会いで土俵一杯迄下がってとった行動は、15日目の決戦の予行練習だったのではないでしょうか。Konoha様の仰るとおり白鵬の親方が未熟だったのでしょうね・・これだと白鵬が親方になると弟子に反則ぎりぎりの勝負をさせ、従わない時は親方から激怒されるという状況が目に浮かびます。私は彼の優勝は半分はかち上げで勝ち得た優勝杯だと思っております。
 まあ、過去にも、今でも私が覚えている力士ですが、大関で、千代大海が土俵に上った時は、いつも手の指にぐるぐるテープをしっかり巻き着けてむちゃくちゃ突っ張っていました。見ていて、もし、これが相手の目に入ってしまったら失明してしまい、相手の相撲人生、いや自分の相撲人生も傷害事件で終わってしまうけどなあ、大関なんだからもっと品位ある相撲が取れないものかと見ていました。ハッキリ言って顔面や喉や急所は鍛えようがありませんからね、ここを攻められると防御は大変です。
 来場所ですが白鵬は膝がもうがたがたと自分で言っていましたので、来場所はまた休むのではないでしょうか。横綱昇進の照ノ富士も来場所は休みたいでしょうが新横綱では休むに休めませんしね。無理をして、横綱の寿命を短くしないで欲しいと思います。本当にきついのなら休んで足をしっかり直して欲しいと思います。照ノ富士フアンはきっと許してくれますよね(-^〇^-)・・・
 それと、巨人の♪松原遠く~♪の松原を宜しく!!と御主人様にね・・・



[2249] 相撲の張り手

投稿者: konoha 投稿日:2021年 7月18日(日)22時13分38秒   通報   返信・引用   編集済

 中日を過ぎた時の解説者が「いつの頃からか張り手を使う力士が増えてきた。それ以前は張り手で相手力士の出足を止めるということはなかった。故意の張り手は事故につながる、取り組み中の張り手とは違う。」(要約)と言っていました。どの辺りからかは見当がつきます。北の富士氏は現役力士の手はグローブのようだし、握手したら手が痛い、その手で張り手をされたらたまったもんじゃないとも言っていました。また舞の海氏は以前から張り手はダメだと言っていましたし、地位に見合った取り口をしてほしいものとも言っていました。炎鵬は今場所で張り手を受け脳震盪を起こしてしまいました。

 今日の優勝争いについてはYahoo! JAPANやOCNのニュース記事で出ていますので、ここでは書きません。白鵬の奥さん子供たちが応援に来ていました。白鵬が優勝してみんな泣いていました。家族としては何があろうとも応援します。でもそれを見て素直に白鵬はいいお父さんだと思えないのです。うがった見方ですが、どうもそれも白鵬の演出のように思えてしまいます。白鵬がカチ上げ、張り手をしなくて正々堂々と試合に臨んで優勝したならば、六場所を休場して膝の手術してリハビリ一ヶ月後で土俵に上がって優勝したならば、感動した奥さんや子供達と一緒に拍手を送ったでしょう。

 白鵬が相撲取りになるため日本に来たのですが、身体が小柄だったためどの部屋でも引き取ってくれなかったのです。帰国するときに宮城野部屋に入ることができました。それから精進して横綱までになりました。その頃の白鵬は良かったですね。今の白鵬は勝つだけが目的の相撲を取っています。進退を決める場所だったのでその気持ちはわかります。しかし優勝をかけての取り口になんでもござれはいけない。誰も面と向かって注意をする人がいないのでしょうか。もしそうでしたら白鵬はかわいそうですね。




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