うた物語交流掲示板


カテゴリ:[ なんでもフリートーク ]


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[2271] Re: 夏の花々

投稿者: yasushi 投稿日:2021年 8月 1日(日)09時02分13秒   通報   返信・引用

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りんご様からのお便り([2270])を嬉しく拝読しました。お気遣い下さり有難うございます。
お庭のアガパンサスの花のブルーが爽やかですね。草夾竹桃(花魁草)は、花いっぱいですね。
返信が遅れてしまい申し訳ありません。〔昨日は、終日、アルバイト(市のシルバー人材センターからの)で出ておりました。〕

本編「知床旅情」で投稿(’21-7-30)しましたように、この夏、北海道ドライブ旅行をする機会を得ました。倅(3男、独身)が計画し、私と家内が同行することとなりました。
立寄りたいところとして希望したのが、美瑛町など(花)、阿寒湖(マリモ)、釧路湿原、知床でした。
というわけで、新千歳空港に降り立って、富良野方面を目指し、最初に立寄ったのが、”ファーム富田”(中富良野町)でした。なだらかな丘にを埋める、色とりどりの花々に目を奪われました。(写真を添付)
次に立寄りましたのが、”四季彩の丘”(美瑛町)でした。ここでも、広大なお花畑は、”さすが、北海道”との思いを新たにしました。(写真を添付)



[2270] yasushi様

投稿者: りんご  投稿日:2021年 7月30日(金)16時28分42秒   通報   返信・引用

親孝行な息子さんですね。
旅の疲れは取れましたか?
天候にも恵まれ北海道の夏を満喫出来て本当に良かったですね。
旅の思い出の写真UP楽しみにしております。
我が家の庭の花
夏の花です。
アガパンサスと
花魁草  花魁は花魁の髪飾りに由来するそうです
多種あるがこの 花は特別可憐です。
草夾竹桃が流通名  花魁草は俗称です



[2267] sitaru様

投稿者: りんご  投稿日:2021年 7月26日(月)16時03分49秒   通報   返信・引用   編集済

sitaru様
体調不良を押してのメールありがとうございます。糖尿病が進んでるご様子、カリウムも控え、ご養生ください。視力にも及んでるとはお気の毒です。体重を減らして改善なさった方の話も有りますが、ご自愛ください。

枇杷を、
唐柿とは如何にも長崎らしいですね。

夜汽車
山にも来いという幼心がいじらしいですね。

福島、山形、新潟にしか自生しないと言われている姫さゆり

次今を盛りのクサキョウチクトウ
俗称はオイランソウ

民謡最上川舟唄の歌詞にもある

碁点 最上川三難所の急流です。
舟下りの際の撮影です。



[2266] りんご様へ

投稿者: sitaru 投稿日:2021年 7月26日(月)14時36分46秒   通報   返信・引用   編集済

 長崎のsitaruです。たびたび失礼します。昨日は、コロナワクチンの2回目の接種日でした。街中にある大学キャンパスの構内での集団接種で、時間に間に合うように家を出たのですが、身体が異常にだるく、普段は何でもないバス停までの下り坂の歩道の途中で呼吸を整えなくてはならず、バスを降りて大学の正門まで歩く途中で動けなくなりました。キャンパス内をまだ100m以上歩かなくてはならないので、そこで接種をあきらめて、タクシーで帰って来ました。異変の理由ははっきりしていして、糖尿病の合併症で腎臓の機能が人工透析の一歩手前まで落ちているので、ここ数か月、タンハク質と塩分の摂取を極力控えていた結果、身体の能力、特に四肢の筋力が落ちてしまったことが原因のようです。これからタンパク質と塩分は、最低限は摂取しようと思っています。

 りんご様、嬉しいお便り、ありがとうございました。りんこ様のお名前は、以前より存じ上げており、数々の印象的なお写真に癒されておりましたが、世代が違って、私より人生の大先輩(?)として、お話に割り込むことは避けておりました。まさか、お便りを戴けるとは思ってもいなかったので、嬉しさも格別です。
 高校時代までは、山の中に暮らしておりましたので、様々な草花に囲まれておりました。狭い庭や家の周りには,梅の木、槙の木(赤くて小さな人形のような実がなるので、「ニンギョノキ」と言っていました)、イチジク(長崎では「トーガキ(唐柿)」と言っていました)、グミ、ビワ(ビワの中でも小ぶりのもので、母は「ヒワ」と言っていました)、セキチク、スイセン、アマリリス、ケイトウなどの木や草花が、四季折々に庭を飾って呉れていました。本当に小さかった頃は、空腹を少しでも癒して呉れる実がなる木を、先祖や祖父母が植えて呉れたのかも知れません。

 子どもの頃から自然に慣れていたので、大人になって、草花を愛でる気持ちは薄れていたのですが、結婚後、アパート、マンション暮らしが続いて、40年近くにもなると、同じ境遇に育った妻は、次第に「庭付きの一軒家に住みたい」と言うようになり、退職を機に、山がすぐ後ろに迫った田舎の一軒家を見つけて移り住みました。交通の便が良く、坂が少ない所という条件は、坂の町長崎ではなかなか満たされず、家を探すのに苦労して、結局、子供の頃を過ごした実家からほど近い所に落ち着きました。しかし、現在の家の庭は狭く、妻はぶつぶつ言いながら、少々の草花を植えています。

 俳句を作っていた頃は、季語となる植物の名前をぶいぶ覚えましたが、ユキノシタやチカラシバなど、子どもの頃見慣れていたにもかかわらず、全然名前を知らなかったものも少なくなく、驚くばかりでした。

 またまた長くなりましたが、りんご様のアップされている写真で、最近特に懐かしく拝見したのが(拝見すると言っても、視力が失われつつあるので、細部まで楽しめないのが残念です)、掲示板[2262]の二番目と三番目のお写真です。古い作ですが、この二つの花を愛でる拙句にて、最後としたいと思います。
 ・鬼百合の咲かん間際ぞ嬉しかる
 ・恋ひ居ればいよよ美し合歓の花



[2265] 恋、和歌

投稿者: kazu 投稿日:2021年 7月25日(日)14時44分0秒   通報   返信・引用   編集済

Sitaru 様がお書きになった、山の中の小学校で共に育った人を好きになり、告白し、拒絶され、しかし後に受け入れてもらったとの恋物語に感動いたしました。羨ましいです。お作りの狂歌に可愛らしくご登場のかたでいらっしゃいますね。前世からの深い縁で結ばれたかたと思います。末長くお幸せにとお祈り申し上げます。

そのお話を、昔の恋の和歌に絡めてなさいました。昔の和歌の大きな割合が恋の歌だと思います。天皇家のかたがたからお坊さんたちまでが、恋に苦しむ心を一生懸命歌ったというのは、すごいと思います。中国の古くからの漢詩はとても優れた文学と思いますが、恋の漢詩はあまり多くないと思います。日本語の専門家のかたの御前で見当はずれのことを書いてしまうかもしれませんが、漢詩に恋の歌が少なく、和歌に恋の歌が多いのは、日本語は「てにをは」がとても微妙で、微妙な所が大事である恋を歌うのに適しているためではと思うのです。二木先生のこのブログの「京都の恋」への私の投稿に「恋ひ恋ひて  ここまでは来つ  これきりに  せむと決めたる  三輪山は雨」(栗坂満壽子)という恋の歌のことを書きました。もしこの歌の最後が「三輪山の雨」だったり「雨の三輪山」だったりしたら、歌の切なさがすっかりダメになると思います。「は」と「の」の違い、日本語の持つてにをはの微妙さが、恋の歌に適していると思うのです。漢詩のことはよく存じませんが漢詩で「三輪山雨」だと「は」なのか「の」なのか示しにくそうです。また、連綿たる恋心を述べるのに、連綿たるひらがなが適していたこともあるかと思います。



[2264] Re:教育、和歌

投稿者: sitaru 投稿日:2021年 7月25日(日)12時15分21秒   通報   返信・引用   編集済

 長崎のsitaruです。kazu様、今回もありがとうございます。狂歌を再認識していただいて、嬉しい限りです。狂歌と言えば、古典名歌を茶化し、愚弄するものとして、不快感を抱く人が多いのではないかと思います。授業で取り上げた時も、そのような反応を示す学生がいました。しかし、狂歌はそのようなものばかりではありません。「本歌取り」の狂歌は、どうしてもそうなりがちですが、「本歌取り」でないものも多く、日常生活の中での、ちょっとした滑稽がテーマになっているものも少なくありません。

 私は、初心者として、「本歌取り」の狂歌から作り始めましたが、前回紹介したような、日常の中の笑いを中心に作ってきました。そして、それだけではなく、もう少し読む人を考えさせるような、文学的香気のあるもものも作りたいと念じて来ました。次の二首は、出来栄えはともかくしてと、その方向を目指したものです。〈 〉内は「詞書(ことばがき。その歌の成立の経緯などを簡単に説明した前置き部分)」です。
 ・〈宮沢賢治てふ人の心を推し測りて詠める〉
 トシ逝(ゆ)きて「春と修羅」こそ出来(いでき)たれ悲しとや言はん嬉しとや言はん
 本歌:年の内に春は来にけりひととせを去年(こぞ)とや言はん今年とや言はん(「古今和歌集」、在原元方)
 ・〈寺山修司てふ人を思ひて詠める〉
 書を捨てて町へ出る人町にてもなほ憂き時はいづち行くらん
 本歌:世を捨てて山に入る人山にてもなほ憂き時はいづち行くらん(「古今和歌集」、凡河内躬恒)

 ついでてすが、「本歌取り」狂歌を作るため、古典和歌を勉強し、少しは詳しくなりました。その過程で、古典和歌には、古文の教科書で習うような、花鳥風月を中心として詠む和歌ばかりでなく、もっと人間臭い歌が沢山あることを知りました。二首だけ紹介しておきます。
 ・白珠(しらたま)は人に知らえず知らずとも良し知らずとも我し知れらば知らずとも好し(「万葉集」、元興寺の僧)
 ・我を思ふ人を思はぬ報いにやわが思ふ人の我を思はず(「古今和歌集」、詠み人知らず)
 前者は、すこし分かりにくいので、解釈を加えておきます。「白珠」は、海の底深く潜む貝の中の真珠、転じて隠れた才能のある人間、「知らえず」は「知られず」に同じで、平安時代の受け身・尊敬・可能・自発を表す助動詞「る」「らる」に相当する「ゆ」「らゆ」のうち、「ゆ」の未然形(意味は受け身)、「知れらば」の「ら」は、完了の助動詞「り」の未然形です。なお、助動詞「ゆ」は奈良時代特有の語ですが、「あらゆる」「いわゆる」の形で現代語にも残っています。そして、この歌は五七七五七七のリズムを取る、いわゆる「旋頭歌(せどうか)」となっています。
 後者は、「古今和歌集」の「誹諧歌(はいかいか。おかしみのある歌)」の部類に入れられているもので、後の狂歌の先駆けと言える歌の一つです。内容は、現代でも多くの人が経験するもので、身につまされます。私の場合、「我を思ふ人」がいたかどうか判りませんが(「イケざるメン」でしたので、正面から告白されたことも、恋文を貰ったことも皆無でした)、「わが思ふ人」は確かに居て、それは小学校の同級生でした(山の中の小さな学校で,一学年一クラスでしたので、6年間ずっと一緒でした)。中学2年の頃から好きになり、違う学校に通っていた高校3年間、思いを秘めていたのですが、大学が県外だったので、とうとう我慢し切れなくなって、手紙で告白しましたが、あっさり拒絶されました。その後も諦め切れず、様々紆余曲折があった末に、ようやく24歳で受け入れて呉れました。ですから、この歌は特別の感慨をもって、繰返し思い出される歌になっています。





[2263] 長崎のSitaru様

投稿者: りんご  投稿日:2021年 7月24日(土)09時44分39秒   通報   返信・引用   編集済

Sitaru様

食わず嫌いを反省してます。
長いというだけで敬遠してた浅はかさをお詫びします。
気合を込めて読んだら
素晴らしい人間像と教育愛が伝わりました。
これからも無学なりんごを啓蒙してください。
故郷の風景と草花をアップしました。



[2262] けん様

投稿者: りんご  投稿日:2021年 7月24日(土)09時35分32秒   通報   返信・引用   編集済

けん様
拙写真に目を止めて下り感謝申し上げます。
蓮は水を沢山吸い上げるので周りの空気が清浄になると園主さんの説明でした。蓮は美しいだけの花と違って深い精神性を感じさせてくれますね。

我が家の現在の草花、
旱で流石の大河もすっかり水が引きました。
イザベラバードが東洋のアルカディアと讃えた金山町の一部です。堀には沢山の錦鯉が泳いでいます。
けん様も猛暑に負けず有意義な日々をおすごしください。



[2261] 教育、和歌

投稿者: kazu 投稿日:2021年 7月23日(金)22時47分4秒   通報   返信・引用   編集済

Sitaru 様の教育者としての一生のことをお話くださり、ありがとうございました。教育に尽くしてこられたことが偲ばれました。貴重なお話、長すぎるなどと思いません。いろいろお話くださりありがとうございます。良い先生に巡り会えた学生たちは幸せだっただろうと思います。私も教育に携わったことがあるのですが、後悔することばかりです。「分かれ道ごとに間違え老いの春」(ネットで見た俳句ですが、今検索しても出てこないのでどなたの作やらわからないです)という句の通りです。
 昔の和歌についてです。昔の日本を好きな外国人を案内した時、電車の中で彼が sahogawa!, sahogawa! と叫び始めました。奈良の佐保川の土手に立つローマ字表記の川の名前を読んで、万葉集の英訳によく出てくる川だと知り興奮して叫び声を挙げていたのです。日本独自の文化が外国人の心を打つのだなあと思い、昔の和歌の勉強をしたいと思いました。



[2260] Re[2251] 相撲Re[2252] 引き継がれていくもの

投稿者: 迷える古羊  投稿日:2021年 7月23日(金)20時50分57秒   通報   返信・引用   編集済

Konoha様
嬉しくお返事拝読いたしました。相変わらず頬笑ましい御夫婦仲で羨ましい限りです。  心が温かくなります。 ご主人様が~松原選手が好き~と言うことをお聞きし大変嬉しかったです。 私が巨人の松原選手が好きなのは、そのお名前に思い出が有るのも一つです。  御主人様もよく存知のことと思いますが、王・長島の時代 ・・大洋ホエールズ(今の横浜ベイスターズ)に4番で松原 誠と言う、歳は僕たちと同じ1944年生まれで、それはそれは凄いのがいました。最後は巨人に移籍して少しの間、巨人でやっていましたが、もうあのような《男が惚れる男》がいなくなりましたね・・巨人の今の松原には「彼のようになれ!」といつも応援しています。でも、今の松原だって決して遜色はありません。足腰や手首が柔らかいらしく、走って良し、守備もミラクル、打撃もホームランが打てて素晴らしく、いつもピンチを救ってくれるいい男です。

ところで、ついに今日は2020東京オリンピックの開会日ですね・・成功を祈って止みません。

なち様
御無沙汰しております。お元気そうで何よりでございます。特に一歳半頃になった男の子ゆうちゃんとお爺ちゃんのやりとりは、本当にかわいいですね・・面白かったです。健康優良児のようですので、konoha様が言われるように将来はお相撲さんになるかも知れませんね・・それと、その付近の動画で、藤圭子さんや吉永小百合さん等が見れてとても懐かしかったです、藤圭子さんはかわいそうで涙が出ました。

では、広島の原爆記念日8/6がまた近づきました。私にとっては広島は第二の故郷、まだ、高校の旧友も沢山います。記念日には、「原爆を許すまじ」と、里見一郎の「ヒロシマ」を唄って、原爆が原因で逝去された多くのお世話になった方々に祈りと共に捧げたいと存じます。私は縁あって「広島市史」の編纂を手伝ったことがあります。「広島市史」は原爆でその多くを失いました。その仕事の関係上、数人のお偉いさんにお目にかかりました。


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